ハイヒールで竹馬に乗ったら降り方が分からなくなった

ハイヒールで竹馬に乗ったら降り方がわからなくなった④

ハイヒールで竹馬に乗ったら降り方が分からなくなった①

ハイヒールで竹馬に乗ったら降り方が分からなくなった②

ハイヒールで竹馬に乗ったら降り方が分からなくなった③

1日20時間眠る毎日

毎日仕事に行っていた時は、夜寝つきが悪くてなかなか眠れず、やっと寝付けたと思ったら明け方に目が覚めそこから眠れない。いつも頭がボーッとしているような頭の中に靄がかかったような、しばらくそんな状態で仕事をしていた。

休職が始まり、仕事から解放された私は1日20時間眠れるようになった。眠れるようになったというよりも、とにかく眠くて、お手洗いに行くことも食事をすることも煩わしいと感じるくらい眠かった。

当時の1日を振り返ると、24時間常に眠いのだけれど、医師から処方された薬を服用する必要があったため、眠くてもお腹が空いていなくても食事を摂る必要があった。そのためずっと寝ていたいけれど、アラームをかけて無理やり起きて。軽めの食事を取り薬を服用し、また眠りにつくといった毎日を続けていた。

こう書くととても辛かったでしょうとか大変だったでしょうとか、言われそうだし実際に言われたこともあるが、正直なところ当時のことはあまり憶えていない。辛いという気持ちはなかったように感じる。

心療内科への受診が仕事

1週間に一度、電車で3駅ほど先にある心療内科に通院する。担当の先生は、穏やかな表情の中に私の言葉の裏の裏まで読み取ろうとするような、鋭い眼差しで私の話を聞いてくださった。薬を飲むことに抵抗があると言った私の言葉を否定せず、私の気持ちが納得いくような説明とともに処方してくださった。

お薬であなた自身は変わりません。

あなた自身は、あなた自身でしか変えられないのです。

あなた自身を変えるための必要な情報や、気づきを得るには、必要な睡眠があってこそ。

そのための睡眠が今取れていないので、お薬の力を使ってとりあえず眠ってほしい。

少しずつお薬を減らしていけるように、これから取り組んでいきましょう。

そう先生はおっしゃり、また来週ねと優しく声をかけてくださる。今私ができることは、ここへの通院を欠かさず行うこと。寒い日でも雨の日でも、外に出る気分にならなくても、これが仕事だと思って通院をした。

TVが見られない

3ヶ月を過ぎた頃、とてつもない睡魔から解放された。今まで睡眠不足だった睡眠分をこの3ヶ月で取り戻したように、日中活動できる時間が増えてきた。とはいえ、私の起床時間は当時午後3時。バナナを食べカフェオレを飲み、お薬を飲んだ後今日は何をしようか考える。

体は鉛を背負っているかのようにとても重く、とてもじゃないが外に出る気持ちにはならない。テレビをつけると、苦難を乗り越えてスポーツで活躍している選手のインタビューが目に入ってきた。とても辛い気持ちになった。私は苦難を乗り越えることができなかった。私は挫折した。私よりも若い選手がテレビの向こうで爽やかに笑っている。

「最後は気持ちの問題でした。自分に勝つという気持ちで取り組みました。」

なぜ彼女にできて私にはできないんだろう?いたたまれず、チャンネルを変えた。お笑い番組をやっていた。ガチャガチャしたセットの前で、たくさんの芸人さんが、それぞれに面白いことを言っている。BGMが流れている。時々効果音も入る。様々な色のフォントが画面の下に入る。

これまでなら笑って見れていたこのお笑い番組が、情報が多すぎて、私は大きく混乱した。日本語のはずなのにノイズに聞こえる。何を言っているかわからない。私はとうとう日本語もわからなくなってしまったのか。大きな絶望感が私を襲う。

パソコンを開き、検索する。メンタルを病んだ人にはよくある症状らしいことが分かった。一安心するが、次の不安が私を襲う。これはいつまで続くのか?いつになったら治るのか?何をすれば治るのか?個人差が大きいと書いてあった。

当初1ヶ月の予定だった休職も、3ヶ月を超えていた。

私はもうだめかもしれない。

私は社会人として終わったかもしれない。

部屋の中で一人声をあげて泣いた。

バナナが買えない

泣き疲れたところで少しお腹が空いた。いつも食べているバナナがなくなったので、近所のスーパーに買いに行くことにした。着替えるのは面倒だったので、パジャマの上にコートを羽織り、ブーツを履いて家を出た。

スーパーに着くとまっすぐバナナコーナーへ向かった。お手頃な価格のものから、高価格帯のものまでバナナといってもいろんな種類がある。私はいつも買うバナナのブランドを探した。しかし、夕方だったこともあり、売り切れていた。

仕方ないから他のバナナにしよう。そう思ったが、産地も価格帯もたくさんあって、私は混乱してしまった。冷静に考えると、バナナだったら何でもいいはず。ところが当時の私は、たかだか5種類ぐらいのバナナの中から、1つを選ぶことができなかった。

何も買わずにスーパーを出る。バナナは買えなかった。今夜何を食べたらいいのかわからない。何を食べたいかもわからない。情けない。すっかり暗くなった冬の寒い寒い歩道を、私は泣きながら歩いた。

私はもうだめかもしれない。

バナナが買えないなんて、社会人どころか人間としても終わってしまったのではないか。

いつになったら、バナナが買えるようになるのか?

いつになったら、朝起きられるようになるのか?

いつになったら、大好きな仕事に復帰できるのか?

全く目処が立たなかった。

休職して3ヶ月目から6ヶ月目。

この時期は体が動くようになった分、できないことに多く気づく瞬間があり、そのたびに自分への自信や信頼を失っていった。辛かった。

ハイヒールで竹馬に乗ったら降り方がわからなくなった⑤

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