アラフォー。バリキャリになるつもりがうつになりました

心療内科初診から心療内科卒業までの経緯①

今回は、休職開始当時、私が一番知りたかったことをお話します。

いったい、いつになったら私は元のようにバリバリ働けるようになるんだろう?

それが知りたかった。ただ、あくまで一患者の経験ということでそういう人もいるんだな、と読んでいただけたら幸いです。症状も年齢も、環境も、一人一人違うので、比べる必要はありません。

当時診断された病名を記載した方がより具体的に感じていただけると思いますが、今の段階で公開することにはためらいがあるので、ぼかして記載しています。一つ言えるのは、診断された、あるいは可能性の高いと言われた(数年の経過観察が必要)病名はひとつではない、ということです。

初めての冬 1日20時間睡眠。2,3か月は殆ど記憶がない。週に1度の通院を何とか頑張る。頭痛、胃痛はすぐになくなった。自己否定が強く、周囲が自分を責めているように感じ、TVやインターネット、活字も見ることができない。

冬~春 休職開始して2,3か月したころ、久々に食べ物の味がして感動する。寝ていても毎回リアルな夢を見るので、寝た気がしない。

この頃までは、服はほとんどパジャマ+コート+ブーツで活動してました。お風呂は入れましたが、トイレがおっくうだった記憶があります。24時間空調をきかせた部屋で、定位置はベッドの中。1日3回の服薬があったので、寝る→朝食+服薬→寝る→昼食+服薬→寝る→入浴→夕食+服薬→寝る のくりかえしでした。

春 散歩、日光浴ができるようになる。通院は2週間に1度になった記憶。自己否定は強いが、休職していることに安心を感じる。

この頃書いた作品白い花カーテン

初夏 睡眠時間が15時間くらい、完全昼夜逆転。食欲がなく栄養補給食品やバナナで生き延びる。昼間は自責が強くなったり、刺激が強いので、夜に起きて過ごすことが楽に感じる。夢をとにかく見ていて、寝ていてもグッタリしている。リワークプログラムに通いだす。

この時の心情を書いた作品天井

夏 YouTubeにはまる。HIKAKINさんに会いに東京に弾丸旅行する。そこで韓国コスメの爆買いをし以降コスメに触れたり、メイクをすることが癒しになる。

秋 ウーバーイーツにはまり、バナナや栄養食品以外のものも食べたくなる。たしかココスのほうれん草とベーコンのバターソテーにはまっていた。休職前と比べて、体重が10㎏減っていた!ガリガリというより、フラフラしていたらしい(家族談)

秋~冬 体調がすぐれない日々が続き(頭痛、身体が重い、朝起きられない)リワークプログラムを途中退会する。気分が落ち込む日々が続き、昼夜逆転生活に戻る。

2回目の冬 休職期間が1年を迎え、残り半年で復職できるかを考え始める。難しいと判断し、退職願いを提出。

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だいぶ端折ったつもりだが、長くなったので、いったん区切ります。こうしてみると、1年の療養では仕事復帰は難しかったですね。それでも自分は1か月も休めば十分だと思っていたので、こんなに休職が長引いたこと、結局大好きな職場から離れる決断をしなくてはいけなかったことに当時はかるく絶望を感じていました。

辛い環境からは逃げた方がいい、とよく言われますが、自分にとってはまた働きたい場所だったし、大好きな場所だったし、これまで積み上げてきた自分の時間、スキル、社内の人間関係を手放したくなかったです。

辛い環境でなくても、色々なタイミング、パズルの組み合わせでメンタルの体調を崩すことはあるっていうことを感じました。それをいったら、メンタルだろうとそれ以外だろうと、人が病気になるのって、なぜこのタイミング?ということがあるので、メンタル疾患だけが特別にタイミングを選んでくれるわけでもないんですよね。

そんな感じで、仕事は休職開始から1年数か月で仕事は辞めました。次回は2年目の冬から現在までの流れをお話します。

 

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