ハイヒールで竹馬に乗ったら降り方が分からなくなった

ハイヒールで竹馬に乗ったら降り方が分からなくなった⑭

ハイヒールで竹馬に乗ったら降り方が分からなくなった⑬

ー2023年初夏ー

会社から支給された制服を身にまとい、ひたいにじんわりと汗をかいた私は、倉庫で商品の仕分けをする。倉庫にいっぱいのダンボールに囲まれると気が遠くなるが、同僚や上司と協力して作業すると夕方には倉庫がスッキリとしてくる。この、倉庫の何もない開放感が快感にさえ思えてくる。

暑くなってくると、飲料水がよく売れる。2Lのペットボトルが6ケース入った段ボール、入社した当初は持ち上げることさえできなかった。今は台車を使わなくてもひょいひょいと持ち運べるようになった。

ハイヒールを脱いだ後に履いたモノ

作業の合間に飲む、冷えた麦茶がとても美味しい。2000円で買ったノーブランドの黒いスニーカーは、本日とうとう靴底に穴が開いてしまった。次の雨が降る前に、靴を新調しておかないといけないなあと思いながら、くたびれた足元に目を落とす。

それでも、足は痛くない。呼ばれたらすぐに走り出せる。

会社から支給された制服に、スキニーパンツ、ノーブランドのスニーカー。これが今の私の「戦闘服」だ。白と紺のストライプのワンピースに身を包み、舗装された道しか歩けないような華奢なハイヒールを履いて闊歩していた数年前の私を知っている人は、現在の私の姿を見て私だと気づくだろうか?女性管理職だ、社会進出だ、多様性の時代だと声高らかに言っていて1年経たずに休職したあの人だよね、って私を笑う人もいるだろうか?

大切な「今」は過去の経験があったからこそ

ハイヒールを履いて、竹馬に乗った私

ー仕事ができて、強いメンタルの持ち主で、どんなことにも臨機応変に対応できる完璧なビジネスパーソンでありながらもオシャレを忘れない私ー

そんな人間になりたくて、せめて見た目だけでもそんな風に見られたくて、私は見た目を武装したり、持ち物で見栄を張ったり、言動などで自分を大きく見せようとしたりした。

結果は竹馬から落ちて、ハイヒールも脱げてしまって、泥だらけになった。無気力になったり、泣いたり、悔しがったり、羨ましがったり、様々な感情が押し寄せてそのたびに私は自分自身の感情と向き合った。

ハイヒールを履いたことも、竹馬に乗ったことも後悔はしていないし、あの経験があって、自分自身の弱さや脆さ、思考のクセとむきあったからこそ「今」があると思う。

「今」というのは、楽しく適度に仕事をし、音声配信stand.fmで思いのたけを配信したり、ライブで気の置けない人と交流をしたり、自分自身の命を削った時にできた作品たちを朗読していただくことで感動したりしている。そういう「今」はなにひとつ欠けることが考えられないくらい、私の人生の一部になっている。

いまここにいる、それだけで

倉庫がいつものように、片付きみんなで「今日も何とかなった」と安堵する。先輩に夏野菜のおすそ分けをいただきながら、雑談をかわして制服を脱ぐ。退勤処理をおこない、自宅へ帰る途中に空を見上げる。踏切で電車が行きかうのを待つ。道端のクローバーに目をやる。

あ、詩が書けそう。心の温度が0.7度高くなって、何かが産まれる瞬間が訪れる。私はその何かを忘れないように頭の中で何度もつぶやく。目の前を通る電車の窓にうつる学生の笑顔。あ、さっきの言葉と化学反応を起こしそう、ええと、これはどういうことだっけ…

ぶつぶつとつぶやきながら家路を急ぐ。汗で化粧の崩れた顔に、膝の白くなりかけたズボン、雨水が入り込むスニーカーを履き、片手に空の水筒と、反対の手にはビニール袋の取っ手がちぎれそうなくらいに詰め込まれた夏野菜でバランスを何とか取りながら歩いている女性。周囲からどう見えるだろうか?

もう、かまわない、誰にどう見られても。私が詩の生まれかけを考えている瞬間は、何物にも代えがたい、ゾクゾクとした幸せを感じる時なのだから。

私はかつて、ハイヒールを履いて竹馬に乗ったら降り方が分からなくなった。

今はくたびれたスニーカーで地面をしっかり踏みしめている。そして、モヤモヤとした嬉しさや悲しさにピッタリの言葉をのせることを、この時間を幸せに感じて生きている。いつか私の格好が変わったり、仕事が変わったりしても大丈夫だ。なんせ私はハイヒールを履いて竹馬に乗った状態で地面に落ちても、ここまで這い上がって、そして今こんなに幸せなんだから。何度でも、泥にまみれながら、這いあがるんだ。

これが答えだ。ハイヒールを履いてもいいんだ、竹馬に乗ってもいいんだ。バランスを崩して落ちても、泥んこになってもいいんだ。笑われることに耐えることではなく、かわいそうと同情されることではなく、ただ、起き上がる。履きたかったらハイヒールを履いてもいいし、竹馬にのってもいいし、それが嫌ならスニーカーでも、下駄でも、はだしでもいい。幸せになろうもがいてもいいし、気持ちが動くタイミングまでカーテンを閉じたまま、天井を見上げていてもいい。

大丈夫、大丈夫、いまここにいる。それだけで大丈夫。

帰宅し、着替えるのも後回しにして、私はスマホを取り出す。なじみのある白いアイコンをタップして私は話し始める。

「はい、いまここにいます、ここいまです。今日もお聞きくださりありがとうございます。今日のトークテーマは…新しい詩が書けそうだというお話です!」

繊細なあなたとわたしに贈る言葉が、インターネットを介して、必要とする人に届きますように。言葉の力は、1ミリの希望をもたらすことを願い、夕焼けのさす部屋で私はスマホに向かって話し始めた。

 

 

 

ABOUT ME
ここいま
ご訪問頂きありがとうございます。音声配信stand.fmの配信者です。モットーは「いま、ここを心地よくいきる」です。