17時58分。
夕食を作る前に、暖をとるために、女は小さな缶をあけ、梅昆布茶を湯飲みに入れた。小学生の頃に一度、梅昆布茶にはまったが、それ以来の梅昆布茶。どんな味か思い出せるようで思い出せない。少しだけ、ワクワクした。
最近は環境保全のため、プラスチック製の小さなスプーンが入っていない。引き出しを開け、ティースプーンを取り出す。女はこういった製品に付属している小さなスプーンを何かと再利用するので、少しだけ、ガッカリした。
梅昆布茶は濃すぎても飲みにくいし、薄くては気の抜けた味でまたおいしくない。いつもは見ない「作り方」を女はチェックした。
18時1分。
懐かしい香り。女は湯飲みの中の香りをかいでから、一口飲んでみた。
ああ。コレコレ。変わらないわぁ…。
コーヒーを飲もうかと思ったけど、梅昆布茶を夕食前に飲むのも癒されていいなぁ。これからのルーティーンにしよう。女は湯気を味わいながら、そしてなんとなく顔に当ててスチーマーのようにしながら、梅昆布茶を味わった。
夕方のニュースは、見るのも苦しくなるようなことと、ホッコリすることが紙芝居のようにパッパと紹介される。気持ちの準備ができないので、あわただしくて少し疲れる。けれどこれも夕方っぽくていいのかな、なんて感じる。
コーヒーより少し少ない量の梅昆布茶を半分ほど楽しんだ時、女は湯飲みの中に残るものに気づいた。
「え、これってまだ変わってないんだ。」
湯飲みの中に残っていたのは、梅昆布茶の昆布や梅の欠片。これがとてもおいしいのだが、上手く湯飲みをまわして飲まないと、湯飲みに残ってしまう。女は子どものころ、この塊を梅昆布茶の親玉、と呼んでいた。
趣も情緒もなく、女は湯飲みを遠心力の原理に任せてまわした。ぐるぐるとまわる親玉が右から左に時計回りにまわり、口元に向かう。女は目を閉じて、飲み干した。
「あ、失敗だ。」
湯飲みにわずかに昆布と、梅の欠片が4粒、残った。2024年、色んな技術が発達したのに、私はまだ、この親玉の攻略方法を知らない。まぁ、いいか。とは思わない。女はティースプーンで湯飲みの底をかきだし、残りの親玉をすくい上げ、口に運んだ。
さて、夕飯作ろうか。女はよっこいしょと腰を上げた。体が温まり、お腹のなかも少しだけ満たされた。寒い冬はまだまだこれから。今年は梅昆布茶に久々にはまりそう。それは味もそうだけど、親玉との決着をつけよう、子供の頃ぶりに。
くだらないなぁ、と思いながら女は梅昆布茶の缶をインスタントコーヒーの瓶のとなりに置いた。
完
(この物語はフィクションです)