#30分で書くチャレンジ

自分が楽しければいいじゃん

12月31日、15時20分。

女は通路に膝をついて、パイプ洗浄剤を品出しする。

大晦日の、ホームセンター。年越し用の有線放送が2時間おきに同じ曲を流す。朝から何度聞いただろう。去年も聞いたはずだから、年越しのBGMは久しぶりな気がしない。お局のパートさんたちが我先に希望休を取るせいで、女は毎年大晦日はここのホームセンターで働いている。客が大掃除で大量買いしたであろうパイプ洗浄剤が棚からごっそりとなくなっているので、女は1本ずつ品出ししている。

もう、何年も、私は大掃除してないなぁ。パイプ洗浄剤、買って帰ろうか?

 

カートのガラガラする音と共に、通路の遠くから男女の声が聞こえてくる。買い物リストを話しながら、カップルで買い物しているようだ、まるでデートのように楽しそう。いらっしゃいませ、と声を掛け、通行の邪魔にならないように棚にピッタリ体を寄せる。

やけに甘ったるい声で、洗剤はどちらがいいか、香りは、等の相談を男女でしている。

女はいったん品出しをやめ、隣の通路の整理整頓をしようとした。

「ずっと休みなの、私。何しようかなー」

カップルの女性の声で微かにこんな会話が聞こえた。女は心がざわっとした。え?これわたしに聞こえるように話してる…?被害妄想だと分かっていても、女のざわざわが止まらない。大晦日に働いてるなんて、惨めだと言われてるの?それは大晦日に通路に膝をついて品出ししている私のことだ。

一瞬、女は自分がみじめになりかけたが、待てよと思いなおす。

品出しもゲーム感覚で楽しんでいた。年末のあわただしいお客様の対応もなんだかお祭り感覚でワクワクする。大掃除もやらなくて良いし、おせちも作らなくていい。とっても楽。年末年始はお局さんの希望休のせいでだいたい出勤しているけど、ここ数年の年末年始、とっても自然体で自分らしいんだよな。

悪くないなぁ。他人からどう見えていても、自分が納得してたらいいんじゃない?

女は冷たくなった膝を少し払って立ち上がった。

今日は時給が少しいい。だから、今夜はおいしいもの、一品だけ食べよう。年越しそばも、ワンランクいいのにしよう。スーパーも閉店間際に行けば、値引きシールが貼られててお得かも。いいじゃん、いいじゃん。女はにやにやが止まらなくなった。

ひときわ大きな「いらっしゃいませ」を店内に響かせて女は歩き出した。

完(物語はフィクションです)

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