「これが前に飼っていたタローだよ」
そう言ってじいちゃんは、1枚の白黒写真を私に見せた。
その写真には、見覚えのある犬小屋の前で、凛と立つ
見たことのない1匹の柴犬が、私を見つめていた。
「前のタローってことは、うちは代々、犬を飼う時はタローなん?」
ステテコ姿で写真を眺めるじいちゃんに、わたしは問いかけた。
「そういやぁ、そうと決めたわけじゃないけど、うちで飼う犬は、タローじゃの」
「なんで、タローなん?」
「なんでって、なんでもタローじゃ」
そういうと、じいちゃんはTVをつけ、大相撲を見ながらいつもの健康体操を始めた。
当時小学3年生の私の家には、1匹の柴犬がいた。
タローと名付けられたその犬は、白黒写真で見た先代タローと同じ犬種だったし、
同じオス犬だったし、
先代タローが住んでいた犬小屋に住み、同じ食事を摂っていたが
決定的に違う点があった。
それは「よく吠える」ことだった。
知らない人が撫でようとすると、吠える。
タローの犬小屋は通学路に面していたので、小中学生にもタローは吠える。
なかでも、やんちゃな男の子がいて、
わざと吠えさせるように、棒でつついたり、小石を投げていた。
タローは、狂ったように吠えていた。
吠えすぎて、自分でもよく分からなくなって、余計吠えていた。
そのせいでわたしの家の前を通って通学する小学生から
タローは「バカ犬」と不名誉なあだ名をつけられた。
「じいちゃん、タローがまた、あの小学生の子に吠えよったんよ。それでね、バカ犬って言われよるの」
わたしは、じいちゃんにチクった。
「それは、小学生のあの子ぉらが悪い!あんなものクソガキが!今度会ったら注意してやるけぇの!」
じいちゃんは、かなり気性が荒い。すぐに顔が真っ赤になった。
これはチクるんじゃなかったと思った。
じいちゃんはプリプリしながら、タローの散歩に行くといって出ていった。
じいちゃんは、わたしが産まれる前から、家にいる柴犬をタローと名付け、飼っている。
じいちゃんの意思で犬を飼っているはずだけれど、愛情があるのかないのか分からないところがあった。とりあえず、家に柴犬がいて、それにタローと名付ければいいというような感じであった。
小学生男子にバカ犬呼ばわりされているのも、愛犬が馬鹿にされて怒っているのではなく、自分の所有物がけなされて怒っている、という感じだった。
何で、犬を飼うんだろう?
だけれども、じいちゃんは朝夕とタローを散歩に連れていき、
それなりに躾をし、予防接種の時は自らが運転をして動物病院に行った。
じいちゃんは昔ながらの日本男児で、
食事の支度も手伝わない、家の掃除もしなければ、お風呂に入る時は下着の準備をばあちゃんにさせる。自分の預金の引き出し方も知らないらしい。
仕事と畑作業をもくもくとやるじいちゃんが、タローには甲斐甲斐しく世話をするのを見て、じいちゃんなりに飼い犬に対する愛情があるのかと、子供ながらに感じていた。
ある日、エサをやろうとしたばあちゃんの手を、タローが噛んだ。
ばあちゃんはちょっぴりおちゃめなところがあって、時々どうでもいいいたずらをする。その日も、タローにエサをやろうとしてお座りを過剰に要求した結果、しびれを切らしたタローがばあちゃんの手に噛みついたというわけだ。
ばあちゃんは念のため、病院に行ったが、大したことはなく、消毒をし包帯を巻いて帰ってきた。
じいちゃんは、そんなばあちゃんに、キレた。
「お前が、タローに余計なことやったんじゃろうが!」
大したことがないといっても、ばあちゃんは包帯を巻くケガをしたのだ。自業自得だが、痛い思いをした。それを労わらずに、じいちゃんはばあちゃんのことをなじった。これには普段温厚なばあちゃんも黙っていなかった。包帯を巻いた手を突き上げて、ばあちゃんはじいちゃんに突進していった。
その日の晩ご飯は、取り急ぎ買ってきたスーパーの海苔巻きだった。
カピカピのすし飯に、噛み切れないゴムのように伸びた海苔が張りついている。家族全員、黙って海苔をかみちぎりながら、ただただ海苔を見つめて食事を摂った。秋のはじめなのになぜか震えた。普段鼻歌を歌いながら食事を摂る妹も、今夜は黙って海苔を噛みちぎっていた。父も母も、普段のように学校で起きた出来事を聞いてくれず、長い長い夕食時間だった。
突然、じいちゃんが立ち上がった。
「やっぱり、タローも悪い。人間を馬鹿にしちゃいけん!」
そう宣言するとバンと勝手口を開けて、飛び出していった。
わたしが後をついていこうとすると、父が「見ない方がいい」と言った。なので、トイレの小さい窓から妹と、何が起こるのか偵察することにした。
すっかり暗くなった、静かな田園風景。
目を凝らすが、大昔に作られた消えかけの街灯ではシルエットしか見えない。かすかに聞こえるタローとじいちゃんの喧嘩声。人間と犬のギャンギャン声が聞こえる。人間と犬の本気のぶつかり合い。じいちゃんは真面目なのだ、誰に対してもいつだって本気だ、それが言葉の通じない犬だとしても。
「じいちゃん、本気だね」鼻歌を歌いながら妹が笑った。犬と取っ組み合いの喧嘩って、60歳過ぎてもできるんだね、と、妹と笑った。
怖いじいちゃんが帰ってくる前に、大いに笑った。ボットン式の狭いトイレの中で大いに笑った。
その年の冬、別れは突然だった。
授業が終わり、小学校から家に帰ると、まだ仕事のはずのじいちゃんがいた。
「あれ、じいちゃん、今日は仕事終わるの早かったね」
わたしがそう言うと、じいちゃんは
「おまえら、3人畑に来い」とだけ言った。洗濯物をたたんでいた母が
「3人とも行きなさい」と言った。
私たち姉妹3人は、長靴に履き替え、長い坂を上って畑に向かった。
じいちゃんは、畑の隅っこに立っていた。
じいちゃんの足元に、大き目の穴が掘ってあった。
「ここに、タローを埋めるけぇの。」
妹たちは、何のことかと顔を見合わせた。わたしは即座に理解した。
「タロー、今どこにおるん?」わたしは聞いた。
「ここで待っとけ、運んでくるけぇの。」
わたしは初めての気持ちが湧き上がってきた。心臓がドキドキするような、反対に心臓が止まるのではないかという両極端の感覚が突きあがってきた。
長い坂を見下ろしていると、じいちゃんが茶色い何かを抱えてゆっくり歩いてくるのが見え、その姿が段々と大きくなってきた。
「あ、タローじゃ」妹が言った。「なんで抱っこしてるん?」
「もうね、タローはね、歩かんでええんよ」わたしは妹たちに言った。
じいちゃんがタローをよっこいしょ、ともう一度抱きかかえ、じっとタローの顔を見てから言った。
「ええか、お前ら。タローをここに埋めるけぇの。」
「この隣には、前のタローもおるけぇの。さみしくないわの。」
そう言って、タローを畑の隅に、じいちゃんは埋めた。タローは畑の土に埋もれ、姿が見えなくなっていくのを、私たち姉妹はじっと見ていた。これが、永遠のお別れ、ということなんだ、とわたしは知った。
「仏壇にあっ、と言って手を合わせるじゃろ、あれをタローにもするんじゃ」
そう言って、じいちゃんは手を合わせた。じいちゃんとわたしたち姉妹は4人並んでタローに手を合わせた。
「寒いけ、こんなんしかないわ、じいちゃん。」そう言って一番末の妹が雑草を数本持ってきた。
「これでええよ。タローも喜んどるわ。ちーちゃんは優しいの。」
そう言ってじいちゃんは、タローの上に雑草を手向け、もう一度、手を合わせた。
それが我が家「最後」のタローとなった。
タローが住んでいた犬小屋やリードはしばらくその場所に置いていた。下校途中の悪ガキ小学生も何かを察したのか、タローの犬小屋の前を黙って通り過ぎた。
2022年ー。
気性の荒かったじいちゃんは、すっかり丸くなり、食事を摂る以外は昼寝をしたり、デイケアに行ったりして穏やかな毎日を過ごしている。少しずつ、できることが減ってきて、何度も同じことを繰り返し言っては、ばあちゃんに「それ聞いた」と突っ込まれている。
前のタローと最後のタローが眠る畑は、ばあちゃんの管理から父と母にバトンタッチして、2人が悪戦苦闘しながら野菜を育てている。私たち姉妹はそれぞれに独立し新しい家族を持った。タローとじいちゃんが散歩したあぜ道や県道もすっかり整備され、昔のおもかげはない。
家族の誰もが、タローがいたころの生活とは全く変わってしまった。今日、今、タローのことを思い出しているのはわたしだけなのかな、と思うとさみしい気持ちになる。
しかし、タローがわたしたちと過ごした時間は確かに今と過去の間に存在しているし、タローが散歩途中に水を飲んだ川や、眺めた空も、存在する。
空は、つながっている。時間もつながっている。
「最後」のタローは、よく吠える犬だった。ちょっと怖かったけど、散歩に連れていくと嬉しそうに飛び跳ね、リードをぐいぐいと引っ張ってくる感触は、今も思い出せる。あまりに引っ張りが強いと、リードをじいちゃんが代わって握ってくれた。日に焼けた硬い手で。
小学3年生の冬、「最後」のタローがわたしたちに教えてくれたこと。それは「肉体は消えても、思い出は消えない」ということ。
思い出せば、タローは心の中に、まぶたの裏側に現れ、思い出を共有できる。そして傍らには、昔の元気はつらつすぎるじいちゃんがステテコ姿でたたずんでいる。それは、何の不安のない、あらゆるものから守られていたあたたかな日々だった。
故郷とつながっている空を見上げて、家族とタローを想い、わたしは今日も前を向いて生きていく。