エッセイ

クリスマスディナーの思い出

 12月24日、わたしは婚約者の住む街へ向かう高速バスの中にいた。

結婚式を来年に控え、恋人としては最後のクリスマス。それは人生でも一度きりのクリスマス。2人で過ごそうということで、私は仕事を調整し、高速バスに飛び乗った。数か月ぶりに会う彼。どんな話をしようと、はやる気持ちを抑えてバスの窓に映る冬の風景を見ていた。

私はとても期待していた。クリスマスなのだから、婚約したのだから、今年のクリスマスディナーは素敵なホテルとか、そうでなければおしゃれなレストランとか、ちょっと緊張するくらいの食事や雰囲気を楽しめるんじゃないかな?彼は何にも言わないけどいつものこと。黙ってディナーの予約をしてくれているんだろう、そう思い私は「よそいきのワンピース」をキャリーケースに入れていた。

期待に胸を膨らませているうちに、バスは彼の住む街に到着した。ぞろぞろと乗客が降りていく。私もバスを降りて、キャリーケースを受け取る。彼はまだ仕事中なので、夕方まで彼のアパートで待つことにした。私の住む街よりもここは寒いけど、私は期待に胸が膨らんで、寒さを一切感じることなく、颯爽と彼のアパートへ向かった。

TVを見たり、掃除をして彼の仕事が終わるのを待っていると夕方、彼が急いで帰ってきた。そして、服を着替えて「さあ行こうか」と言った。私はとても不安な気持ちになった。「パーカーにジーンズ」な彼。絶対、高級ディナーじゃない。予感は的中。車で着いた所は、セルフのうどん屋。私は「よそいきのワンピース」を着ていることが恥ずかしくなった。何を注文したらよいのか分からず、適当にかけうどんを注文し、席に着く。背もたれのない座りにくい椅子を引くとガガガと音がたち、余計にしょんぼりした。かけうどんを見つめる私をよそに彼は「寒かったから、釜揚げにして正解だった」と呑気にうどんをすすっている。

私はなんだか悲しくなって、彼にモヤモヤをぶつけようと思った。わざわざキャリーケースに詰めてきた「よそいきのワンピース」のことや、恋人として最後のクリスマスをどう思っているのか?

「あのね、」と私が、彼に声を掛ける。すると、一生懸命麺をすすっていた彼が顔を上げた。仕事でとても疲れた顔をしていた。そして、釜揚げうどんの湯気のせいか、頬が真っ赤になっていた。でも、笑顔で私を見つめてきた。それを見て私は、モヤモヤがスーッと、消えていった。

「うどん、おいしいね」と私が言うと、彼は「来年からは、クリスマスだけじゃなく、ずっと一緒だね」と言った。そして、また、うどんをすすった。

なんでもないここに、幸せがある。そしてこれは一生続いていく。

湯気の向こうに座る彼を見て、そう感じた。私はきっと、幸せになる。「よそいきのワンピース」を着なくても、私は今ここで、幸せなんだ。私は少し冷めたうどんを思い切りすすった。

恋人として最後のクリスマスディナーは、こんな形で私の思い出に残っている。今年もあと1週間でクリスマスがやってくるが、いつもの部屋で、いつもの食事をする予定だ。これが私たち夫婦の幸せの形。恋人最後のクリスマスに彼が私に教えてくれた、今ここにある幸せ。華やかなSNSやインターネットにまぎれて、私は時々この幸せを見失いそうになる。しかし忘れずに生きていきたい。そうすればきっと、私の人生はいつでも、どこでも、幸せなのだ。

恋人最後のクリスマスディナーはセルフのうどん屋。それは私にとって大事な1日で、最高に幸せなクリスマスディナーだった。

(完)

 

ABOUT ME
ここいま
ご訪問頂きありがとうございます。音声配信stand.fmの配信者です。モットーは「いま、ここを心地よくいきる」です。