11時23分。
女はそろそろ昼食を摂ろうと、自室から出てキッチンへ向かった。
米を炊こうとしたが、炊飯器の釜についた白い汚れが気になった。女の家では米をやや軟らかめに炊くので、余った水分が炊飯の時に出てしまい、釜を汚してしまうようだ。
米を炊く前に、炊飯器の釜をウェットティッシュで磨き始めた。
磨きながら辺りを見回すと、あちこちの汚れが気になる。ポットについたコーヒーの跳ね返り、ポット周辺の埃、床に落ちた野菜らしきゴミのきれはし。髪の毛。パンの屑。おかしいな、こないだの休みに掃除したはずなのに。
女は炊飯器を磨きながら、次はここ、その次はここ、と掃除する順番を考え始めた。
21時。
「ただいまぁ」
女のパートナーが帰宅した。靴を脱ぎ、靴下をぬぐとポイっと洗濯籠に入れてから、冷蔵庫を開けてお茶を飲んでいる。
女の、昼食前に始めた掃除は結局大掛かりなものとなってしまった。おかげで昼食は大幅に遅れたし午後の予定も狂ってしまった。若干、モノの配置換えもした。女はパートナーガそれに気づいてくれるかと、会話の続きを待った。
パートナー「お風呂に入るね」
女「えっ」
パートナー「えっ」
女「何か変わったところない?」
パートナー「掃除した?でもこのドリンクは元の場所がいい」
と言いながらパートナーはきれいにした床にドリンクのダンボールをどしっと降ろした。
女「おいおい、私がこの掃除をした目的って分かってる?床に物を置くと、物の下に埃が溜まるから床に物を置かないようにする目的で掃除したんだけど?」
パートナー「頼んでないよ?」
女「はぁ?」
言い合いになりそうなのをぐっとこらえる。喧嘩はしたくないし、自分は良かれと思って掃除と配置換えをしたのに。
パートナー「頼んでないって言い方はおかしいけど、してやった感をだされるのも、違うんじゃない?」
そう言うと、パートナーは風呂場へ向かった。
たしかに。女は自分に都合のいいことしか考えていなかった。良かれと思って。自分の中の常識は床に物を置かない方がいいと思ったが、確かに頼まれた記憶はない。だけど、私の方が正しいと思うんだが。パートナーは屁理屈を言っていると思うんだが。
どうして、掃除ひとつしたくらいで、こんな嫌な思いをしなくちゃいけないんだろう?
ひとりになった部屋で、女は深呼吸した。言い負かすための言葉がたくさん頭に浮かんでくる。結局、私はありがとう、と言って欲しかったのか?
パートナーに言いたいことは山ほどある。たぶん、客観的に見て、掃除をしてきれいにすることは正しいし、生活をしやすくするために多少の配置換えは必要だ。だから女の良かれと思っての好意は正しいはず。
だけど、なにか、もう少し、このことをスムーズに進めるための何か、お互いが心地よくやり取りするための何かがお互いに足らないと、女は感じていた。
完
(この物語はフィクションです。)