18時37分。
金曜の仕事から帰宅し、男は真っ暗な玄関に立つ。インターフォンを押してみるが、応答はない。やはり、今日も僕の方が先か。最近、妻は仕事が忙しいのかな。
帰宅して家に灯りがついていると、なんとなくホッとする。最近は自分の方が先に帰宅することが多いので、なんとなくさみしい気持ちになる。これはきっと、わがままだ。だって妻も同じように働いているのだから。僕が帰宅してホッとしているということは、妻は先に帰っていつも、灯りをともして待ってくれているということだ。
右足を上げてその上に鞄を乗せ、鍵を探す。明日からは家が近づいたら鍵を取り出しておこう、と思うのだけど忘れている。ようやく、鞄のそこにあった鍵を取り出す。
ーおや?何か届いている。
ポストに薄くて小さい段ボールがひとつ、挟まっていた。妻が何か注文したのかな?男は段ボールを取り出してから、玄関のカギをまわした。
ー花の定期便?
台所のテーブルにその段ボールを置く。なんとなく、早く開けた方がいい気がする。花が配達されたのなら、枯れているのではないか?男はとりあえず靴下だけをぬいで、その段ボールを開けてみた。
ーおぉ、こうなってるんだ。
小さな、でもとても新鮮な花が3輪、段ボールに横たわっていた。確かに生花だ。開けてみてよかった。日中はまだ少し汗ばむ今日でも、花が新鮮なのは、プラスチックでできた試験管のようなものに一輪ずつささっているからだ。その試験管には水らしきものがたっぷりと入っている。
ーへぇ、うまくできているな。丁寧だし。
ーさて、これを僕はどうしたらいいんだ?
花瓶がどこにあるのか分からない。台所かと思ったが、見当たらない。小さな3輪の花を持って、くたくたのシャツを着た180㎝の男は、自分の姿を洗面所の鏡で見て思わず噴き出した。
ーおいおい、可憐かよ。
そうじゃない、と男は花瓶の代わりになるものを探す。口をゆすぐコップしか見つけられないので、それに水を6分目まで入れて、花を挿してみた。
ーうーん、難しいな。しっくりこないぞ。
何となく、台所のテーブルの真ん中に置き、男はくたくたのシャツを脱いだ。
「ただいまぁ!」
女の声がした。妻だ、と男は思った。下着姿の男は、玄関のカギを外してすぐに廊下を走って台所へ引っ込む。
「また、パンツだ!私じゃなかったらどうするの?」
「たまたま、タイミングだよ」
男はスゥエットを右足に通しながら答えた。
「疲れた~。あ、お花の定期便届いたんだ!やっぱり生花は癒されるね~」
「あれ?生けてくれたの?」
女は花をそっと触りながら男に話しかけた。
「今日、届いてたよ。ごめんね、花瓶が見当たらなかった」
男はうがい用のコップに花を挿したことを妻に怒られるかと、少しビクビクしながら話した。
「ううん、しまってあるから分からないと思う。生けてくれて、ありがとね!いいじゃん!」
妻は少しだけ声が大きく、男に声を掛けた。
「そう言ったら、また僕が生けると思う?」
照れ隠しに男は言う。
「期待してるよ!だってうれしいもん。」
花の定期便が届くのは、毎週金曜日。
男は、何時の電車に乗ったら、妻より早く帰宅できるかを頭の中で考えた。
完
(この物語はフィクションです)