#30分で書くチャレンジ

20231121/ヘアクリップ

枝毛が気になりすぎる。女は右側によせたロングヘアの毛先5㎝をつまんだ。

16:59。

オフィスはもう一仕事、という空気になっているが、女の集中力は16時には切れている。女はこのオフィスに出社するようになって3年になるが、そろそろ辞めよっかな、といつも考えている。2年くらい働けば、なんとなく仕事の全体像が見えてきて、なんとなく飽きてしまうのだ。

そして、今の職場よりも自分を評価してくれる、そして自分自身ももっと自分のことが好きになる、自己肯定感が爆上がりするような職場がこの世のどこかにはあるのではないか、と考えだす。そうして女は3年おきくらいに転職を繰り返している。

でも、昔ほど、転職のモチベもないんだよな。

ここが、それほど嫌ってわけでもないしな。

ああ、誰か、ヘッドハンティングしてくんないかな。

女は何度、このセリフを脳内で呟いただろうか?

いつか、誰かが。女は3年おきにシンデレラになる。

 

そんな仕事には飽き性の女だが、髪の毛だけは根気よく伸ばしている。通っていた美容院の担当が独立してからというもの、女は美容院に行く回数がめっきり減ってしまった。担当の美容師が経営する美容院に行こうかと考えたが、一度行ってしまったら、永久に通わなくてはいけない気がして、気後れした。めんどくさいな、そんなことを考えていたら2か月に一度カットしていたセミロングがロングヘアに変化していた。

枝毛だけのために、カットしに行くのもな、めんどくさいし、もったいないな。女はもたれていた椅子から背中をはがし、パソコンに向かった。

「枝毛 ホームケア」

検索すると、様々なヘアケア製品の広告が表示された。検索ワードに「プチプラ」と加えて女はハッとする。

(そういえばここ数年、何かと言えばプチプラ、って検索してる。)

女は突然すべてを放り出したくなった。3年おきにやってくる転職熱、頑張って転職しても、3年後には転職したくなること。今度こそここに骨を埋めるんだ、と思って転職活動をするのに働いて2年過ぎても給料は思ったほど増えないし、私の能力を評価してくれる人も出てこない。3年を過ぎても転職せずにあの職場にいれば、私今頃お給料も上がって、プチプラ、なんて予測変換で出てこないくらいになっていただろうか?

美容院だって本当は行きたかった。自分の経済力のせいにしたくなくて、めんどくさいとか、ずっと通わなきゃいけないとかって思ってた。本当は、独立した美容師さんの開店祝いにも行きたかったし、美容師さんの思い描いたこだわりの空間で枝毛のケアをしてもらいたかった。

今、私のしてることって、自分の評価を上げるためでも、会社に貢献するわけでもなく、ただ手に入れられなかったものを見ないふりして、無理やり他のことのせいにしてるだけじゃん。

嫌だ、認めたくない、けど、きっとこれが真実なんだろう。

女はクラクラする頭を放り出したくなった。嫌だ、私は、こんなもんじゃない。でも、何から始めたらいいのか、分からない。

「今日は特に仕事ないから、上がってくださいね」

年齢は女より下だが、勤続年数は長い女性社員が、女に声を掛けた。女はいつも、この女性社員に対して、素直に会話ができなかった。私より若いのに私より給料がいいはず、そう思ったらどこか心のなかで悔しさがあって、上手く話すことができなかった。

(私、ここで今まで通りなら、終わりだわ)

女はなぜかそう感じた。

「はい、分かりました。お疲れさまです、明日もよろしくお願いします。」

そう言いながら、椅子を動かして女性社員の方に体を向けた。女性社員は一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐに口角を上げてお疲れ様です、と女に微笑んだ。

何から始めたらいいか分からないけど、私、もう少し、ここで頑張ろう。いつか誰かが、とは思いたいけど、なんだか、こんな思いって嫌だ。女は引き出しを開けて鞄を取り出すと、中からヘアクリップを取り出す。そしておもむろに伸びたロングヘアをまとめてヘアクリップで留めた。明日からこの髪型で出社しよう。枝毛も気にならないはず。

「お先に失礼します」

女はオフィスを出た。何から始めたらいいか分からないけど、挨拶から始めよう。それと、このヘアクリップで髪を留めよう。仕事は…女性社員にもっとできることないか、今週中に話しかけてみよう。

こんなものじゃない、私、こんなものじゃないわ。こんな気持ちで終わってたまるか。女は明日、オフィスで誰よりも早く挨拶する自分をイメージしながらエレベータに乗り込んだ。

(この物語はフィクションです)

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