狭い駐車場は苦手だ。そこに誘導してくれる警備員さんがいたら、もう恐怖でしかない。
女は、汗ばんだハンドルをぎゅっと握った。
時刻は8時40分。9時受付開始の会社の健康診断に向かうべく、女は通勤渋滞のやや解消された県道を車で走行していた。
予定であれば、8時半には健診センターに車を停め、車内で休憩でもしようと思っていたのだが、駐車場のことを考えていたら、右折することができず、左折してしまった、そのため、まだ会場にたどり着くことができずにいた。
女は、運転をすることが苦手だ。特に車の駐車が苦手で、そのために繁華街によくあるような小さなコインパーキングに駐車することが非常にストレスだった。そのためにあえて郊外の広いパーキングに停めてからバスや徒歩で目的地に向かうということもよくあった。
その不自由さと、効率の悪さと、幾分のかわいそうさに同情した家族が、新車を新調した時に、駐車する際に障害物を察知したらアラームがなるように設定された自動車を選んでくれた。
しかし、女は車体を擦ってしまった。何でもない立体駐車場の片隅に駐車しようとした際、大きな柱に接近してアラームが鳴った時に思わず目を閉じてしまった。そして左後方にかすり傷を作ってしまったのだ。家族はその時のドライブレコーダをみても何も言わなかった。
女にとっては、それが一番堪えた。修理代金も出させてもらえなかった。
この一件以来、女は車を運転することにより慎重に、より臆病になっている。
8時43分、女の運転する車は必要以上に大きく車体をまわしながら、健診センターの駐車ゲートをくぐった。そして、収容台数の割に狭い駐車場には、効率よく駐車させるために、警備員が1台1台駐車スペースに誘導していた。
昨夜から絶食の女は、一瞬気が遠くなった。私は、このプレッシャーに耐えられるだろうか?健康診断にきただけなのに、なぜ私はこんなに緊張しているんだろう?
オーライ、オーライ!
警備員が朝から大きな声で誘導する。私の心は全然オーライじゃない…自分のペースで駐車したいよ…
そう思いながら誘導に任せて駐車したら、車体が右に寄った。
女はそろりそろりと前進しながら、気持ち左に駐車しようとする。警備員も左、左、と合図する。慎重に前進したのに、なぜか女の車は先ほどと同じ、右寄りに収まった。
「あれー?もういちど」
女はまた、そろりそろりと前進する。警備員の後ろに赤の普通車が停まっている、私の駐車待ちか、これもプレッシャーだな、いやだなぁ。
そう思いながら、車を慎重に、左にいくように、後退する。警備員も先ほどより心なしか、声を大きめにオオーライ!と言いながら、左へとアクションする。
「あれ?」
車体は、再び、右寄りに停まった。女は諦めた。車の前にいる警備員の顔を見た。彼の顔は、車体を擦ったと伝え、ドライブレコーダーを見終わった時の家族の表情に似ていた。これは喜怒哀楽のうち、なんという表情なのだろう?私はなぜか、この表情をよくさせるんだな、と女は思うもののどうしようもないこともあるんだと言い聞かせ、車のエンジンを切った。
完
(この物語はフィクションです)