#30分で書くチャレンジ

20231116口臭と産毛とマスク

19時23分。

女の仕事はまだ終わらない。シフト制で11時から出勤したため、終業は20時の予定。

14時に昼食の休憩をとった後、水分補給もできないほど、多くのお客様対応をした。そのため、女は喉の渇きが気になっていた。口の中が渇くと、口臭が出やすくなるらしい、とネット記事で読んだことがあるし、実際になんとなく匂う気がする。接客中はとても緊張する瞬間があるし、アドレナリンが出ているので、唾液の分泌量も減っていることは自覚している。

マスクの着用義務がなくなり、メイクする楽しみが復活したり、人々の表情をしっかりと確認できたりすることは安心ではある。一方で口臭の原因になる食材を食べづらくなったり、今みたいに口臭が気になる時にマスクでごまかせないというのは、マスクを外してから気になっているところだ。

女は人に見られないように、両手を口元にあて、大きく息を吐いた。

(うーん、なんとなく、匂う気がする)

手の匂いかもしれないし、口の匂いかもしれない。どんなにおしゃれをしていても、清潔感があっても、口臭があるのは残念だよな…と女は先月にアプリで出会って食事をしたスーツの男を思い出す。

あの人、食後にタブレットも食べてたし、スプレーもちょくちょくしてたのに、なんであんなに隠せない匂いだったんだろうな…。条件も悪くない、身長もそこそこ、お財布の中身もきれいに整頓されていたのに。残念。

口臭のことくらい、目をつぶらなきゃ、いけないのかな…。だって、私も口臭がゼロとは言えないんだもん。あぁ…もったいないことしたかも。アプリの写真が匂い付きならいいのにな…そしたら、会う前に考えられるじゃん。次のお客様の来店まで、女は口臭とアプリの男のことを考えていた。

「女さーん、ちょっといいですか?」

後輩スタッフが書類をもって近づいてきた。はい、なになに?女は後輩が持ってきた書類に顔を近づける。

「この、発注数で合ってます?11ってゾロ目だから間違いないか、確認で…」

と後輩と話しながらふと、女は後輩の顔を見た。

(…え?マスクしてる…?)

後輩は、さきほどまで着用していなかったマスクをつけて女と話していたのだ。

(えぇ…それって、今、私が臭いってこと…?)

女は脇にじっとりと汗を感じた、そして後輩と話しながら、もう一度両手をお椀のようにしながら顔にあて、大きく息を吐いた。

(もう、確認しすぎて臭いのか臭くないのか、分からん!)

スーハ―スーハ―している女を見て、後輩が会話を止め、女に向けて顔を傾けた。

「女さん?しんどいんですか?」

「え?」

(え?病的なにおいがするってこと?)

「いや、しんどくはないけど、そう見える?」女は、後輩に息をなるべくかけないように声を出した。

「いえ~、そうじゃないんですけど、しんどいのかなって。」

後輩はマスクをしているので、目でしか表情を読み取れない。

(だったらなんであんたがマスクをしているのか教えてよ…わたしのせいなんでしょ…とはいえ、そんなこと聞けないわ)

女は発注数は11で合っている旨を伝え、そそくさと後輩から離れた。

 

カツカツカツ…気持ちに余裕がない時は、女のハイヒールの音が大きくなる。化粧室に向かう女の足音は活気が一段落した店舗に響き渡る。女は多少出てきた空腹と、後輩がマスクをして自分と会話したことで、感情が混沌とした。

(次の休日は、歯医者に行って、口臭の相談をしよう…。アプリの活動は歯医者の次だわ)

口臭と、後輩のマスクと、アプリのことが一緒になって、女は水を飲む余裕もなかった。

 

一方、マスクをつけた後輩と、同僚は発注をしたり、事務作業をおこなっていた。マスクをつけた後輩が、同僚に尋ねる。

「先輩、ハイヒール、めっっちゃカツカツしてたじゃん、あれって、機嫌悪いの?なんか、わたしやらかした?発注数11って聞くの、やばかった?」

同僚は女が向かった化粧室の方を見ながら、答える。

「やー。別に、なんかさ、女さんって、疲れるとハイヒールの音大きくなるじゃん、疲れてるだけじゃない?気にしすぎよー。」

「そうかぁ。なんかさ、すっごい顔して女さん、立ってたからさ、何か考えてたんかな?声かけづらかったかもー」

同僚は、レジの売上金を数えながら、後輩に声を掛ける。

「お腹でも空いてたんじゃない?それより、あんた、なんでマスクしてんの?朝はしてなかったじゃん。」

発注したものを指さし確認しながら、女はパソコンから目を離さない。オッケ、と呟いてから同僚のそばに近づき、マスクの耳掛けを触って掛けなおした。

「それよ、それ。夕方にね、おトイレ行って鏡見たらさ、ヒゲ生えてんの!マジやったわー。今朝剃るの忘れて、ちょびヒゲレベルのやつ(笑)」

「あー、そうなんだ、全然気づかなかったけど?」

「またまたー!ちゃんとしたヒゲなんよ!」

後輩は笑いながら、午前中に対応したお客様が自分の鼻の下を見ていなかったか、必死に思い出そうとしながらも、同僚の顔色を窺った。

(このヒゲが気にならないだと?そんなわけないじゃん、気休め言ってくれてる?)

(この物語はフィクションです)

 

 

 

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