朝8時40分、女は、スーパーの駐車場を掃除する。
煙草の吸殻を集めるだけ。雑草はかなり伸び放題だが、引っ張ってもなかなか抜けないので、みなかったことにする。
女は溜息をついた。今日は、どうしても、心が重い。
心がつまった感じ、心の便秘。
そこまで分かっていて、その理由も分かっているけど、どうやってこのつまりをなくしたらいいのか分からない。
心の便秘を解消させたらいいのだけど、便秘を解消させたら、また何か頑張らないといけない気がする。なので、便秘をそのままにしていたら、苦しくなってどうにもならなくなってしまった。
秋の空はこんなに青いのに、
空気はとっても軽いのに、
煙草の吸殻ひとつ、箒で掃くのもめんどくさい。
めんどくさい、って思うの嫌だな…
からからになった、瞳。コンタクトレンズが渇くのは、このレンズが安価なだけじゃないかも。女はぐっと、まぶたを閉じる。
そして重たげに、まぶたを開ける。
目の前に、急に、ひとひらの白い蝶。女は息を忘れた。
「どこから来たんだろう?」
きれいだな。ふわふわと、白い蝶は透明の羽を羽ばたかせて、ふわふわと、宙を舞う。
きれいだな。ペンキの剥げたちりとりと、毛先のバサバサになった箒を持ったまま、中腰で蝶を眺める女。瞬きと瞬きの間。
次の瞬きをした次の瞬間に、白い蝶は消えていた。
水辺でも、田園地帯でも、公園でもない、ただ、無機質な息が集まるだけのこのスーパーに、白い蝶がいた。
もう一度、瞬きをしたみたが、ふたたびあの、透明の羽を持つ白い蝶は現れなかった。
分からないけど、深呼吸をしよう。女は腰を伸ばしながら深呼吸をした。無機質な息だけが集まるこのスーパーでも、私が今日、できることはある。うんうんとうなづきながら、女はペンキの剥げたちりとりと、毛先のバサバサになった箒を持ち直して、まだ自動にならない出入り口のガラス扉を「よいしょー」と言いながらぐっと左右に押し開いた。
心の便秘は、今日なにかできれば、解消されるだろう、そう思いながら。
完